かと思いめぐらして苦しんだのである。
考えすぎるのはいけないことだ、とむろん彼も心得ていた。しかし、自然に考えてしまうものは仕方がない。これも愛情のせいなのだ。愛情が深まるにつれて、彼は綾子の握り返した手にこだわった。苦しみは日ましに深くなったのである。
そもそも映画館で手を握ったという事の起りが俗悪すぎるのだ。考えれば考えるほど救いがない。したがって、先に手を握った自分の行為というものは思いだしても毛虫に肌を這われるような思いがするのであったが、その不快さも綾子の握り返した手を考えると忘れてしまう。それは不快さとはワケがちがう。不安なのだ。嫉妬でもあるし、恐怖でもある。
「蓮ッ葉に思われるのが辛いわ」と綾子は云った。いかにも健全にきこえるが、思えば思うほど月並でもある。そもそもいかなる女でも、あのような仕儀の処理に際しては、そのように述懐するに相違ないように思われる。ということは、それがキマリ文句であるように、握られた手を握り返すということも、彼女らにとってオキマリの月並な行為にすぎないのではないか、ということだ。
「キミは男にソッと手を握られたとき、必ず握り返すんじゃないのかな
前へ
次へ
全24ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング