拾った女のようではなかった。それだけに胸が痛む。今にして思えば、映画館で拾われたのは松夫の方であった。拾われるのも、これが最後であろう。どうしても綾子を放せない気持が強まるばかりであったが、その気持を強く押しつける勇気は衰える一方だ。自分の中にいかなる実力の存在も信じることができなくなってしまったからである。たった一日の革命以来、急速度に没落してしまったのである。

          ★

 試験のとき、松夫はしばしば水木由子と顔を合わせなければならなかった。水木由子は平然としていたが、松夫はいつも急いで目をそらして心の中では宙をふむほどオドオドしなければならなかった。むろん水木由子はロイド眼鏡をかけていたが、その眼鏡が鋼鉄の兵器のようにすさまじい力で彼を圧倒した。彼はそれに怯えた。そして、その眼鏡から聯想しなければならないのは自分のケダモノの手だ。そのために一そう眼鏡に怯えてしまう。鋼鉄の兵器に狙われた一匹のケダモノのように身も心もすくんでしまうのだ。
 松夫の最後の試験の日、その試験のあとで偶然水木由子にすれちがった。彼女は一人であった。あたりには人がいなかった。彼が落第しても水
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