の字をふだん用いる職業は何ですかね。もっとも、この家の流儀が弐参という字を用いる家風なのかも知れないが、それにしては、弐の字を馴れた手で書きこなしているのがアッパレである。バカにはこんな字は書けますまい。
 洋品屋で買い物する。人に顔を見せて歩く不利よりも、ここでも時間が問題だ。十分もかかってお札を算える。この女の心理は畸型で、豪放である。現場の証拠を消すために、沈着大胆な処置を完了していながら、もっとハッキリした証拠、近所の人に顔を見せて歩き、しかも人々に特別注目され記憶されるような風変りな行動を残して歩き、信用組合で預金をひきだす女と当然結びつけて判断される怖れが甚大であることを意としないのであろうか。現場の足跡を消したって、たいしたことにならないじゃないか。第一、それほど冷静に証拠を消しながら、犯罪者なら何より先に気になる筈の兇器に指紋を残しているとは、何というウカツな話であろうか。
 すると、冷静、沈着、大胆なのは、女じゃなくて、男一人なのかも知れないな。男は自分の証拠を消した。薪割りの指紋に注意を払わなかったのは、その凶器をふるったのが、自分ではなくて、女だからではないのかな
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