洋品店のお婆さんの印象、みなさんそれぞれ個性的な特徴をつかんでいて、我々がそれを読んでもなんとなく印象的である。ラーメンのお客さんの言葉によると、今日から来たの? ときいても無言で、ドンブリの内側へ指をかけてラーメンを持ってきたそうだし、スシ屋では三四十分もかかって、まずそうにスシ一皿くい、四回も時間をきき、四合も水をのみ、もっと長く居たいような様子だったが店が忙しいので仕方なしに立ち去ったらしいという。洋品屋では、オーバーのポケットから札をつかみだして、百円札で四枚、十円札で六十二枚、それを算えるのに十分もかゝったが、多すぎるので百円札一枚返すと、それをポケットへねじこんだそうだ。ラジオがウタのオバサンをやってましたから八時五十分ごろですよ、そこのお婆さんの証言は探偵小説的である。
最もよく見たはずの人物、同じ店の出前持で、二階にねていて唯一人難をのがれた山口さんの証言、いや、手記(毎日新聞二月二十五日)が、あべこべに甚しく印象的なところがないな。太田成子という個性を捉えたところがない。「別に怪しい素ぶりもなく普通に働いていましたが、ただお客が飲み食いした後は必ず店内を掃き、ゴミを
前へ
次へ
全37ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング