悩むことも知つてゐた。そして私は厭々ながら、あるひはズル/\べッタでなしに、確信を以て判決し、言ひ渡した。よろしい、酔へ。どんなバカげたこともやれ。責任はひきうけてやる。そこで私はペコ/\喜んで頭をさげてメルシ・ムッシュ大威張りで出掛けて行つたのである。
貧乏の中で閉口するのは病気であつた。京都の伏見の火薬庫前の計理士の二階に住んでゐたとき、この時ばかりはいさゝか参つた。
私自身見ることの出来ない場所に腫れ物ができて、それほど痛みもしなかつたのでホッたらかしておいたら、一ヶ月ほど後に突然発熱し、精神的などのやうな努力を集中してもこの苦痛を押へることが出来ない。私は身体を蝦《えび》の如くに曲げ、蒲団を掻きむしり、意志によつては表現しがたい反側捻転の相を凝らし、脂汗がしたゝり、私は自然に発せざるを得ぬ苦悶の呻きといふものを始めて経験したのであつた。
私はそのとき一文の金もなかつた。そのうへ困つたことには折悪しく月末で、宿主の計理士が例の如く行方不明になつてゐた。この計理士は月末になると一週間ぐらゐ必ず行方をくらますのである。つまり家主とか米屋とか電燈屋とか諸々の借銭をのがれるためなの
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