る。なるほど世間は広いもので、使ひきれない金があるのか、と私は驚いたが、小説書きはとても駄目で使つても使つても残るといふ見込みは全然ないから、私は貧乏に就てはすでに覚悟をきめてゐる。
私は貧乏した。然し私は泥棒をしようと思つたことは一度もない。その代り、借金といふよりもむしろ強奪してくるのである。竹村書房と大観堂を最も脅かし、最も強奪した。あるとき酒を飲む金に窮して大観堂へ電話をかけると、たゞ今父が死んで取りこんでゐますからと言ふので私は怒り心頭に発して、あなたの父親が死んだことゝ私が金が必要のことゝ関係がありますかと怒つて、私は死んだ人の枕元へ乗込んで何百円だか強奪に及んだことがあつた。大観堂がさういふ無頼の私を見棄てゝくれなかつたことに就ては、私は感謝を忘れてゐない。勿論証文などゝいふものは書いたためしがないので、大観堂と竹村書房の借金がどれぐらひの額になつてゐるか私はまつたく知らないのだが、サイソクされたことも一度もない。益々借りる一方である。
こんな景気の良いことを書くと、何か人の知らないやうな大浪費、大ゼイタク、大豪奢をしたこともあるやうに見えるけれども、とてもお話にはな
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