らないケチなことばかり、豪華と名のつくほどのことは一つもしてゐない。そして一ヶ月に一度か二度の浪費の時間をのぞくと、あとはいつも貧乏してゐた。あと八銭しか金がない、これで数日文なしだといふ時に、一杯のウドンを食ふべきか、一箱のタバコを買ふべきかといふ瀬戸際になつてどんなに喉が鳴るやうでもタバコの方を買ふもので、私がどんな時でも自分を信じてゐることができたのは、かういふ瀬戸際に自分をあざむくことがなかつたせゐだと思ふ、そして私は浪費の時には全然知らない人に奢つてやつたり、全然ムダなことをすることが好きであつた。私は平常人の心の汚なさを見つめ考へつゞけてゐるのだけれども、別にそれと関係のあるハケ口といふわけではないので、私はたゞ、本能的に、全然意味をなさぬムダが好きで、やらずにゐられなくなるのであつた。酔つ払ひはみなさうだ。私もたゞ酔つ払ひにすぎない。たゞ、悔いないだけだ。
 ともかく確信をもつて貧乏した。いくら私がだらしない酔つ払ひでも、私もともかく単なる虫ではないから、酔へばどうなるといふことも知り、酔ひがさめれば苦痛の時間のあることも知り、たつた一夜の悦楽のために一ヶ月の生活が貧苦に悩むことも知つてゐた。そして私は厭々ながら、あるひはズル/\べッタでなしに、確信を以て判決し、言ひ渡した。よろしい、酔へ。どんなバカげたこともやれ。責任はひきうけてやる。そこで私はペコ/\喜んで頭をさげてメルシ・ムッシュ大威張りで出掛けて行つたのである。
 貧乏の中で閉口するのは病気であつた。京都の伏見の火薬庫前の計理士の二階に住んでゐたとき、この時ばかりはいさゝか参つた。
 私自身見ることの出来ない場所に腫れ物ができて、それほど痛みもしなかつたのでホッたらかしておいたら、一ヶ月ほど後に突然発熱し、精神的などのやうな努力を集中してもこの苦痛を押へることが出来ない。私は身体を蝦《えび》の如くに曲げ、蒲団を掻きむしり、意志によつては表現しがたい反側捻転の相を凝らし、脂汗がしたゝり、私は自然に発せざるを得ぬ苦悶の呻きといふものを始めて経験したのであつた。
 私はそのとき一文の金もなかつた。そのうへ困つたことには折悪しく月末で、宿主の計理士が例の如く行方不明になつてゐた。この計理士は月末になると一週間ぐらゐ必ず行方をくらますのである。つまり家主とか米屋とか電燈屋とか諸々の借銭をのがれるためなの
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