ら、ウマが合う筈だよ」
 はりつめた気がゆるんだせいか、ツウさんが、また、六ツ七ツ、つゞけさまに大物をもらした。首尾一貫した終戦の合図、笑い納めて、飲み直す。
 ソプラノ嬢も三人の旦那方の愛想のよいトリナシに機嫌を直して、仏頂ヅラの合間に、今までにない含み笑いなどを浮かべる。けれども訓戒を忘れず、ツウさんのおもらしのたびに、それとなく幽かに皿のふれる音をたてる。ツウさんよりも、自分の方がはじらっている様子である。
 旦那方が引あげる。店のすんだのが十一時半をすぎた時間である。
「物騒だから、送ってやるよ。ウチへは黙って出てきたんだろう。ウチの人が心配しているぜ」
 店に鍵をかけ、肩をならべて夜道を歩く。千鳥波は女がいじらしく思われて、それが夜道に、キレイに澄んで深かまるのである。
「なア、お前は本当に声楽家になりたいのかえ。よっぽど声楽がうまいのか」
 すると女が言下に答えた。
「ウソなのよ。私、小学校も女学校も、声楽なんか、カモばっかりよ。本格のソプラノなんか、一度も唄ってみやしない。流行歌だって満足に唄えないのよ」
「ウムム」
 千鳥波は、うなった。この女には色々のことで唸らされる
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