意識して力をぬいているけれども、頭は一時にボウとかすんで、ソプラノ嬢はフラ/\とのびてしまった。その髪の毛をにぎり、片手に女のアゴをおさえて、グイと顔をひきよせて、
「キサマ、シン公の指図をうけて、よくもスパイにきやがった。あそこにいらっしゃる三人の旦那方は、金切声のソプラノてえのが、何よりキライのお方なんだ。そのソプラノがキライのあまりに、広い世間を狭く渡っていらっしゃる。ラジオのソプラノがあるばっかりに、日本の道路を敵地のように心細く歩いていらっしゃるのだぞ。この店にラジオがないのも、大事な旦那方に義理をたてるワタシの志なんだ。その旦那方のおいでを見すまして金切声をはりあげるとは、とんでもない悪党女め。キサマ、シン公の奴から、なんと指図をうけて来やがった。つゝみ隠さず白状しろ。さもなきゃ、背骨を叩き折ってくれるから、そう思え」
 首をつかんでフリ廻しても答えない。アゴに手をかけて、グイと口をあけさせても答えない。もっとも、それでは声がでないワケでもある。
「白状しないか。しぶとい奴だ。このアマめ」
 顔をひきよせて睨みつける。女の顔が口惜しさにゆがんだ。突然キリヽと女の顔のひきしま
前へ 次へ
全27ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング