けるんだよ」
 自分は料理をつくりながら、女の方をチョイ/\見るが、隅の方に思い決したタタズマイで一点を睨んでいるばかり、お銚子に酒をつぐことが念頭にもない様子である。
 ハテナ、変ったことが起ったのかな、ふりむいても、客席の方には別状がないから、ウッカリすると、こやつ、テンカンもちの発作を起しやがったんじゃないか、相撲の客席などでも、年に三四度テンカンもちのアブクをふくのにぶつかるものだが、酒興にむくというものじゃない。
「おい、お銚子をつけないか。なにをボンヤリしてるんだ」
 とたんに女がキャーッという勢一ぱいの悲鳴をあげた。
 千鳥波ほどの豪の者でも飛びあがるほど驚いたが、御三方の心気顛倒、浮腰となり、とたんにツウさんは六ツ七ツつゞけさまに異常な大物をおもらしになる。
 大音響のハサミウチに、千鳥波もふと気がついて、ハハア、さては先刻の訓辞が骨身にしみて、生娘の一念、ジッと凝らしてツウさんの気息をうかゞい、間一髪に見破って、悲鳴をあげたのかも知れない。とっさのことで手もとに皿がないから悲鳴をあげたと思えばイジラシイことでもあるが、待てしばし、今来たばかりの初見参の御三方のどれがツ
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