どういうわけでしょうか」
「今は会社に働いていますが、会社の仕事は私の性に合わないのです。こんな仕事が私の性に最もかなっていることを痛感しているのです。このお店の感じが、特に好感がもてたし、それに、趣味の点で、このお店と私とに一致するものがあるんです。古い日本をエキゾチシズムの中で新しく生かして行く点です。それはヤリガイのある、いえ、是非とも、やりとげなければならぬことなんです。とても共鳴するものがありますから、会社のことも捨て、女優のことも捨て、このお店に働いてみたいと思ったのです」
「では、あなたは、女優さんですか」
「いゝえ、然し、女優の試験を受けたんです。映画女優とは限りません。私、声楽家、むしろ、オペラね、是非やりたいと考えたこともあるんですけど、マダム・バタフライ、あれを近代日本女性の性格で表現してみたいと思ったんです」
「で、オペラの方も、試験を受けたんですか」
「いえ、試験は無意味なんです。審査員は無能、旧式ですわね。新時代のうごき、新しいアトモスフェア、知性的新人ですわね、そういった理解はゼロに等しいと思ったんです。でも、然し、陳腐ね。理解せられざる芸術家の嘆き、それ
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