刷物で、これを知人へ郵送する、近所の会社や商店へくばる、検番で調べて芸者へおくる、女学校の門前で手渡す。
これを読んで驚いた千鳥波が、
「ワタシゃガッカリしましたよ。お前という男もこれほどバカとは知らなかったね。なんだいこの文章は。雨は降る、おゝ、あの人よ、なんの寝言だい。二〇・五世紀のさゝやき。二〇・五世紀とは何です」
「今や二十世紀の半分です」
「バカめ。この最後の、かそけくもこそ、ねえ、シンちゃん、あらあらかしこを現代語に飜訳すると、お宅の言葉じゃこうなるというワケですかい」
「わからない人だね。お前は理窟っぽいよ。一々理窟で読んじゃアこのシャレはわかりませんよ。ワタシはね、慎重に考慮して、この文章をあみだしたんだよ。何が何やら、わからないところがネウチなんだよ。理ヅメにできた開店案内などは人様の注意をひきませんよ。第一、お前はこの文章が誰を狙っているか知らないだろう。これは男に宛てた文章じゃないんだ。知性高き学究の徒なんてものはシルコ屋なんかへ来ないものだよ。敵はもっぱら女です。ミーちゃんハーちゃんですよ。こういう珍な文章を読めば、芸者や女事務員や女学生も、あなた同様ころげまわって軽蔑しますよ。テコヘンな店ができたよ、とか、脳タリンスの店だよ、なんてね。ところがです。とかく御婦人というものは、テコヘンなところや、オッチョコチョイの脳タリンスをひやかしてみたくなるものなんです。見ていてごらんなさい、脳タリンスのシルコの味を見てみましょうてんで、千客万来疑いなしですから。これ即ち、深謀遠慮というものです」
「こんな文章しか書けないくせに、虚勢をはるんじゃないよ」
「エッヘッヘ。裸ショウバイの御方にはわかりませんです。ワタシはちょッと心理学を用いましたんです」
開店すると、狙い違わず、ミーちゃんハーちゃん千客万来である。
お客は御婦人と狙いをつけてのことであるから、給仕には女をださず、女房も店の奥へひっこめて、男の大学生を三人、給仕人に雇った。
三人の数にも曰くがあって、町内の六人組に三人たすと九人になって、野球のチームができる。
そこで町内の小公園の野球場で試合をすることになり、両軍勢揃いして、見物人も集り、試合がはじまる頃になると、シンちゃんがフロシキの包みから何やらとりだした。これを大学生が球場の松の木へ登って、誰の手にもとゞかない高いところへぶら
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