ソプラノです。変にニコヤカな素振など見せると、いかにも物欲しそうにとられますから、できるだけムッツリと、仏頂ヅラを見せておいて、然し、たくまぬ自然のていで、天分のある限りを御披露あそばすことです」
 オーさん、ヤアさん、ツウさんという三人は言うまでもなく表向き名乗っているだけの人間で、芸界などには無関係な人たちであった。あべこべに、見たところ、ちょッと新しい教養もなきにしもあらずと見える紳士然たる風采であるが、およそ旧式の趣味をもち、アアアヽブルブルというソプラノほど骨身に徹してキライなものはないという名題の国粋グループであった。
 ソプラノ嬢が、では、悪くはないと考えるわね、と言うものだから、じゃア、一とッ走り、千鳥波とかけあってきます、ちょッと待ってゝ下さい、とトンカツ屋へかけつけて、
「今日は凄い吉報をもってきたぜ。うちへくるお客の一人に上品でチャーミングなお嬢さんがいるんだが、然るべき家柄の人で、まア当節ハヤリの没落名家のお嬢さんだ。目下は事務員をしているが、事務員が性に合わないから、ワタシの店で働きたいと申しこまれたわけだが、ウチは女相手のショウバイだから女給仕は使えない。残念だけれども仕方がない。このトンカツ屋じゃアお嬢さんに気の毒なんだが、知らないウチへとられちゃ尚くやしいから、口説き落して、ウンと云わせたんだ。ドリンクの店はイヤだと云ってたんだぜ。なんしろ目がさめるように美しくって、モダンで、上品で、チャーミングで、パリパリしたところがあって、こんな月並の一杯飲み屋じゃ、可哀そうだが、友情のためには女ばかりをいたわってもいられないから、心を鬼にしてウンと云わせたんだ」
「いやにモッタイづけるない。それだけ御念の入った言葉数で女のマズサの見当がつかあ。手がいるのだから仕方がない。化けものでなきゃ使ってやるから連れてこい」
「一目見て目をまわすなよ。この町内じゃア男のニューフェースといえば誰の目にもワタシと相場がきまっているが、女の方じゃア、花柳地の姐さんをひっくるめても、ニューフェースはこの人だ。趣味もよく、学もある人だから、丁重にしな」
 と、ソプラノ嬢をひきわたした。

          ★

 その晩の九時がきて、例の御三方が現れた。
 御三方はこの店の飛びきり大切のオトクイである。だから、前もって常連について予備知識を与えて、
「いゝかい。そ
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