つたのだ。それほども彼はポーズに憑かれてをり、彼は外形的に如何にも新らしい道徳を探しもとめてゐるやうでゐながら、芸者を芸者とよばないで何だか妙な言ひ方で呼んでゐるといふだけの、全く外形的な、内実ではより多くの例の「健全なる」道徳に咒縛せられて、自我の本性をポーズの奥に突きとめようとする欲求の片鱗すらも感じてはゐない。真実愛する女をなぜ口説くことが出来ないのか。姪と関係を結んで心ならずも身にふりかゝつた処世的な苦悩に対して死物ぐるひで処理始末のできる執拗な男でゐながら、身にふりかゝつた苦悩には執拗に堪へ抵抗し得ても、自らの本当に欲する本心を見定めて苦悩にとびこみ、自己破壊を行ふといふ健全なる魂、執拗なる自己探求といふものはなかつたのである。
彼は現世に縛られ、通用の倫理に縛られ、現世的に堕落ができなかつた。文学の本来の道である自己破壊、通用の倫理に対する反逆は、彼にとつては堕落であつた。私は然し彼が真実欲する女を口説き得ず姪と関係を結ぶに至つたことを非難してゐるのではない。人各々の個性による如何なる生き方も在りうるので、真実愛する人を口説き得ぬのも仕方がないが、なぜ藤村が自らの小さな真
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