そゝのかされて家出をあそばして、あとはもう、別に色魔にかゝるような御方もいらっしゃらないじゃありませんか」
 博士は口をひきしめジロリと私に睨みをくれてでゝ行ったが、まもなく、ヤス子がはいってきて、大浦先生が誘うから、三十分ほど外出させてくれ、と云って、立ち去った。彼がヤス子を誘いだすのは、殆ど、毎日の例なのである。平素は、ヤス子を誘いにきても、私の部屋に顔をだしはしなかった。
 私の胸は、常に嫉妬に悩んでいた。
 私は嫉妬の色をヤス子に見せないために、異常な努力を払っている。すると私の目の色は、日毎に濁り、無気味な光をたくわえて行くようである。
 そして、私は、時々、変なことをするようになった。街を歩いていると、とある家にハシゴがかゝっていて、屋根屋が屋上で仕事をしているのである。ちょうど私が通りかゝった時、屋根屋が屋根の向う側へノソノソ消えて行く時であった。私はフッとハシゴをつかんで、横に地上に倒して見向きもせず歩きだしていた。
 又、ある時、買い物して現れて自転車に乗ろうとする男が万年筆を落して知らずに走り去ろうとするから、よびとめて、万年筆を拾いあげて渡してやった。すると、男が
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