そちらにも、ちょッとぐらいは腹を立てゝもらいたいものだ。あげくに私がドジをふんでも、私だって、たまにはドジをふんでも、意地わるをしてみたいものだ。
 衣子がキリキリ柳眉をさかだてる。ハッタと私を睨みすくめる。ジロリと軽蔑の極をあそばす。それぐらいは、覚悟の上だ。
 と、あにはからんや、柳眉をさかだてる段ではなく、ちょッとマツ毛をパチパチさせるぐらいのことがあったと思うと、ニッコリと、いと爽やかに私をふりむいて、
「あなた、裏口営業というものに私をつれて行ってちょうだいよ。私、まだ、インフレの裏側とやら、浮浪児もパンパンも裏口営業も見たことがないわ」
「何を言ってますか。当病院がインフレ街道の一親分じゃありませんか」
 私はとっさに慌てふためいて、胸がわくわく、心ウキウキというヤツ、衣子の次なる言葉が怖ろしい、何やらワケの分らぬ早業で、心にもないウワズッタ返事をする。
「お巡りさんにつかまって、留置場へ投げこまれたら、却って、面白いことね」
 なんでもない顔、私をうながしている。はからざる結果となった。
 衣子は酔った。私が酔わせもしたのであるが、衣子がより以上に酔いたい気持でいたのであ
前へ 次へ
全106ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング