バコを買うにも足りないのです。全然、生活無能者なんです」
「ですから生活できるだけの持参金は持たせてやりますし、又、月々の面倒も見るぐらいのことは致しますと申したではありませんか。無能力のバカには、それでも、多すぎますぐらいでしょう。全財産の半分とは、あなた方兄弟の肚の中は盗人《ぬすっと》根性というものです」
ひどいことを言う。女がドタン場で居直ると、意地悪く急所をつかんで、最大級の汚らしさで解説して下さるものだ。私のような小悪党は敵の弱所に同感もあることだから、こうは汚らしく攻めたてるわけには参らない。
そのとき、種則先生、こう答えたということだ。
「奥さんは僕の立場、理解しておられませんね。僕は兄貴と仲違いしては、生涯破滅、浮ばれなくなるのです。僕は私大の副手ですが、これも兄貴のせいで、僕の頭は特別ダメなんです。中学のとき、数学、物理化学は丁、英語も丁、漢文と国語が丙ですが、それでも兄貴のおかげで大学へ入学もでき、副手になって、ともかく医者らしくさせてもらっているのです。医者はヒキと要領のものなんですよ。僕はそれに、愛想がよくって患者をうまくあしらうでしょう、これはコツですね。
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