する種則のことであるし、新憲法と称し、家の解体、個人の自由時代、兄博士の横槍もヘチマもある筈がないと思うと、あにはからんや、脱兎の如き恋の情熱児が、にわかにハニカンで、ハムレットになった。
 結婚すれば、兄の家も出なければならぬ。自分はまだ研究室の副手にすぎず、独立して生計を営む自信がないから、兄の援助を断たれると、直ちに生活ができなくなる、純情や理想の問題じゃなく、現実の問題だから、と云って、暗然として面を伏せ、天を仰いで長大息、サメザメと暗涙をしぼらんばかりの御有様とある。
 あげくに美代子をそゝのかして、家出をした。
 十日あまりして、兄貴のところへ旅館の支払いの泣き手紙が来て、大浦博士が箱根へ急行して取り押えたという結末であるが、戻ってくる、こうなった以上は結婚を、という、衣子もその気持になったが、ドッコイ、大浦博士が居直った。是が非でも、財産の半分の持参金がなければ、結婚はさせられない、というのであった。動産、不動産、病院の諸設備に至るまで財産に見積って、その全額のキッチリ半分、ちゃんと金額を明示して、これだけの持参金がなければいかぬ、という。税務署の査定よりもはるかに厳しく
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