願いする。すこしでも、みじめな思いが少いように、そして、みすぼらしさを自覚せずにすむように。私はねえ、ガサツな奴ですよ、然し、至って、小心臆病なんです。私はみじめな思いを見るほど、悲しいことはないのですよ。悲しい思いほど、私の人生の敵はない。これを察して下さい、夏川さん」
 こうやって、底を割ってみせるのも、私の示威だ。どうせジロリの相手なのだから、むしろ楽屋をさらけだす。衣子や美代子には、親切気などないけれども、ヤス子は頼まれゝば、人のためにも計ろうとする気持があった。
「ヤス子さん。三船さんの新聞社などお止しあそばせ。ヤミ会社の社員なんて、人格にかゝわりますわ」
 と衣子が言う。ヤス子はすこし考えて、それから、キッと顔をあげて、
「新聞の仕事そのものはマジメな仕事なんです。私、かなり、やりがいのある仕事のつもりで、精一杯やってますわ。社長さんの編輯方針にも、時々不満はありますけれど、概して、共鳴することが多いのです」
 ヤス子は嘘がつけない。ジョークを解さぬわけではないけれども、先方の軽い言葉が、ヤス子にとって軽視できない意味があると、本当のことしか言えないという気質であった。冗談
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