しまった。そして、さすがの金龍もクスンと苦笑いして、私は虎口を脱することができたのである。
 金龍は意地の悪い女であった。そんな風に腹をたてると、たゞはキゲンを直してくれず、もう冬近いころだというのに風呂桶にマンマンと冷水をみたして、私にはいれ、というのであった。そして私がふるえながら蒼ざめて水にはいるのを、ジット見つめていて、面白くもなさそうに振向いて立去るのだ。
 私は要領を心得ていた。そういう時には、できるだけバカバカしくふるまって、笑わせるに限る。だから、冷水風呂にはいれ、という。ハイ、かしこまりました、どうせハダカのついでだから、今日は縁の下の大掃除を致しましょうと云って、いきなり、下帯ひとつに箒《ほうき》をかついで縁の下へもぐりこみ、右に左に隈なく掃き清めてスヽだらけ黒坊主、それより冷水風呂へはいる。重労働の結果はカラダもあたゝまって冷水への抵抗もつくというもので、縁の下の大掃除には、又、それのみにマゴコロこめて虚心の活躍、これが大切なところである。
 終戦の年の暮であったが、院長が死んだその葬式に、私は喪服の未亡人、衣子を見つめつゝ、神に誓い、又、院長の霊に誓い、必ずあな
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