たをバカにしているようですが、そんな気持じゃないのです。私は私のバカさ加減をお目にかけるつもりだったのです。私は軽蔑されようと思ったのです。その意味を御存知ですか。私の一生はピエロなんです。私はそれをハッキリ自覚しているのです。それは世間にはピエロを自認するニヒリストは有り余るほどおりますよ。然し、彼らがピエロでしょうか。ウソですよ。みんな自尊心が強くって、そのアガキの果に、マジナイみたいにピエロ気取りでいるだけですよ。私は、自尊心がないのです。ですから、ピエロ、下僕ですよ。私は尊敬し、愛するものに、すべてをあげて奉仕すれば足りるのですよ。私はあなたに軽蔑されてもよろしいのです。それでもマゴコロをさゝげています。踏んづけられても蹴られても、やっぱりマゴコロをさゝげて、かりそめにも仕返しなどは致しません。どうせ、それだけのものなんだから、ひとつ、と、私は今朝ふと思ったのです。急に自殺のマネをしてみようと思ったのです。実際、死んでもよかったのです。まったく、そうでした。私は胸のインキのタマを握りしめていたとき、死ぬマネをするなどゝは思わず、実際、短刀を握りしめているのと変りのない気持になっていたのです。よし、死のう、と思いました。おかしくもなければ、悲しくもなかったです。まったく、無意味千万でした。でも、ヤス子さん、このバカさ、これは、いつわらぬ私の姿なんですよ。恋をしても、これだけ、恋に奉仕しても、これだけ、いつも、これで、全部です」
私はヤス子の手をとり、バカみたいに敬々《うやうや》しく、くちづけした。そして、その手を放さずに、
「まったく、わけが分りゃしませんよ。今朝目がさめて、あなたにひとつ、胸のうちを打ちあけてと思うと、たゞなんとなく、ふッと、こんなことをしてみたい気持になった始末なのですから。われながら、バカらしい次第です」
まったく、その通りでもあったのである。然し、私は尋常では、どうせダメだと思ったから、ふと、こんなことをやる気になった。別に確たる計算はない。蛇がでるか、何がでるか知らないが、とにかくキッカケをつくって、そこから後はその場次第に、出たとこ勝負、当って砕けるというタテマエの仕事なのである。そして、それには、なまじいに、心理の筋道を考え、計算をとゝのえてやるよりも、いっそデタラメなバカゲきったことをやらかして、偶然に賭ける方がたのしみだと思っただけだ。
この賭けは思いのほかに成功したらしい。なぜなら、ヤス子は私に手を握られて、ボンヤリしているからである。世の中のことは分らぬものだ。後日、ヤス子は私に言ったが、このときは、バカらしくなったのだそうだ。要するに、それだけであったが、なんだか、感動したということだ。
私は、このバカバカしい成功を、信じていゝか、迷ったほどだ。そして私は信じるよりも、えゝ、どうせバカのついでだ、という居直り強盗の心境になった。
私はそこで、すり寄って、ヤス子の肩をやわらかくだいて、静かに接吻した。ヤス子はボンヤリして、うつろな目をあいたまゝ、されるまゝになっていた。
「ヤス子さん。私の魂はあげて下僕、ドレイのマゴコロです。けれども、とにかく、邪念なく、マジリケなしに、マゴコロがすべてゞすよ。私はあなたを愛し、尊敬し、こよなく、祈るようにお慕いしています」
とネンゴロに云って、次第にはげしくだきしめた。
★
思いをとげるということは、ある意味では、むなしいことだ。けれども、私はそうは言わない。マゴコロのもえ育つ日という。私は愛する人が、いとしい。それは、私よりも、いとしくさえ思われる。否、私よりもいとしいとハッキリ言いきれるのである。
わけてもヤス子はいとしかった。上高地で見た大正池と穂高の澄んだ景色のように、人の心も、その恋も澄む筈だと云った。あのリンリンたる言葉を、美しい音楽のようにわが耳に思いだして、私の心はいとしさに澄み、そしてひろびろとあたゝまる。
私のようなバカ者の中から何らかの高貴を見出し、高まろうとする。それはヤス子の必死の希いだ。さすれば下僕のマゴコロたるもの、何ものか自ら高貴でありたいと切に祈るのも仕方がない。さりとて、こればっかりはムリである。私は所詮高貴じゃない。
梨の花がさいていた。それは私にとっては別に美なるものには見えなかった。こんなものが、あの食べられる梨になるのかなアと思った。
私はいつもオシャベリだ。人に対して何か喋らずにいることが悪事のようにすら思われる幇間的な性根が具わっているのだが、アイビキのはての帰りの散歩の道などでは、どういう言葉もイヤになって、怒ったように、黙りこんでしまう。私の心がむなしくないからだ。いとしくて、そして、せつないからである。
私は、まったく、金竜のような女と一しょにいる
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