ョコチョイの窮地へ落ちこむことによって、おのずから虎穴に虎児をつかむのが要するに私の要領というものだ。
 私はさっそく大浦種則を訪れて、兄さんの申込みとは別に、あなた自身から衣子夫人に申入れをなさい。そして、美代子さんをお嫁に貰う、持参金などビタ一文いりません、という赤誠がありゃ、奥さんも令嬢も、内々はその気持があるんだから、こゝは決行の一手あるのみ。マゴコロと不撓不屈の情熱です、といってケシかけた。
 すると種則は患者の容態をきいているような愛想のよさはあったけれども、私の厚意に狎れるような反応はなく、たゞうなずいて、
「なるほど、うむ。我々二十の世代は失われた青春ですな。先ず、失われた情熱というものを探しもとめて行かなければならないのですよ」
 と言った。私は小僧にカラカワレているように不快であった。彼の言葉には実感などは何もなく、通り一ペンのカラ念仏でお義理の返事をまに合わせておく。つまり私というものを、軽蔑、無視しきった態度としか受取ることができないのだった。
 いわば女のジロリの相対的な敵意や反撥よりも、もっと思い上り、大人ぶり、見下している態度であった。
「ハハア。情熱というものは、探すものですか。失われた青春てえと、なんですかな、どこかへオッコトしていらせられたわけですか。青春てえものは、ふところのガマ口みたいのものなのかな」
「空白な世代ということですよ。戦争のおかげで、我々の青春は空白なのですね」
「なにが空白なものですか。恋の代りに、戦争をしていたゞけじゃないですか。昔の書生は恋も戦争もせず、下宿の万年床にひっくりかえってボンヤリ暮していたゞけさ。空白な世代などという人間の頭だけが空白なのでしょう」
「世代の距りですよ」
 と、オーヨーに莞爾と、こう仰せられて、紫煙を吹いておられる。頭の悪い男なのである。それだけ、女には巧者なのかも分らない。軽蔑したわけではないが、なんとなく、此奴ウスバカ、と反撥して軽く片づける気持をいだいてしまったのが、またしても、失敗のもと、バカでも、ウスノロでも、人間そのものが元々タンゲイすべからざる怪物なのである。この心得を忘れがちな私はまことにアサハカであった。
 私は美代子に、
「大浦種則さんて方は、ちょいとしたハンサムボーイじゃないですか。あんまり御利巧じゃないかも知れないが、御利巧などゝいうことは紳士の資格に不要なことなんだろうな。その日その日を一緒にホガラカに暮せる、それが紳士の才能でしょうから、つまり種則さんは紳士であり、ハンサムボーイというもんじゃないか。花の青春に、英文学などひもとかれるよりも、ハンサムボーイの心臓とキンミツにレンラクをとられる方が淑女の道だと思うんだがなア」
 と、内々の胸のうちをクスグッテあげる。ヤス子には才媛の高風があり、文学を学んでおかしくない自然なところもあるけれども、美代子と文学は本来ツナガリがないのである。御当人も英文学をひもとくよりは映画見物が性に合っていることを御存知で、内々は学問に見切りをつけていらせられるのだが、私がこんな風にクスグッテあげると、忽ちツンとして、例のジロリをやる。
 衣子がまた私にオカンムリのていで、
「三船さん、オセッカイはよして下さい。あなたはガサツすぎますよ。騒々しいのよ。よその家庭へガサツを持ちこんで、迷惑をお気づきになることも出来ないのね」
「これは失礼いたしました。然し、これは犬馬の労というものですよ。ガサツは生れつきだから仕方がないけど、マゴコロを買っていたゞかなくちゃア」
「マゴコロは押売りするものじゃありません」
 と、カンシャクが青白い皮膚の裏にビリビリ透いている。私という人間は、そのとき如何にも心外で、恨みと悲しみに混乱しながら、又一方に、そんなところに色気に打たれてムセルという、奴隷根性が身にしみついているのであった。
 そして、私に締め出しをくわせて、縁談はすゝめられていた。ところが、大浦種則というウスノロ先生が、却々もって、タダのネズミではなかったのである。
 種則は美代子に向って、入聟になって病院をつぐ、財産を半分貰うなどとは自分の意志ではなく、自分は美代子さんの外にビタ一文欲しいわけじゃないから、兄の話とは別に、自分一個の申込みについて改めて考慮してくれ、とシオラシイことを言った。
 そして実際、衣子に直談判をはじめて、赤誠をヒレキするところがあり、押の一手、まったく押の強い男で、衣子よりも、美代子の心をほぐしてしまった。
 日曜ごとに美代子を誘う。夜になると、たいがい病院へ遊びにくる。とうとう毎晩現れ、我が家同然、こうなると、美代子もにわかに昔にかえって私にジロリ、つれなくなる。ここが私の至らざるところで、こうなると、私もムキになり、それではとヤス子をつれて病院へ行く。崇拝する姉
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