われなくとも、ハイ、では、参りましょう、と、御婦人方の荷物を持ってあげて、お忘れ物は? 私が誘ったようなグアイに、それぐらいのことはヌカリがない。
 その代りには、大浦先生いざまずアレへ、お嬢さん方、こちらへ、とんと旦那とその令嬢と、私が番頭みたいなもので、あげくにお会計は私がいそいそと払うことになるのだから、あさましかりける次第である。
 私は嫉妬というものに人一倍身を焼くくせに、人の恋路に一応の寛容を持たざるを得ず、その道の手腕に敬服せざるを得ないという因果なディレッタントでもあり、敵ながら大浦博士に内々感服しているのだから、私はまったくバカバカしい。
 彼はたしかに達人であった。恋路の育ちが、私と違う。人の育ちもあるかも知れぬ。
 彼は言い訳をしないのである。衣子と自分の秘密は、すでに我々に知れている。富田病院の資産に対する色目、それもカングラレているようである。そんなことの言い訳は一切合切やらないのである。
 そして言い訳の代りに、ヤス子を口説くのもいきなり露骨に口説きはしないが、私はあなたが好きです、あなたは美しく又才気あるまことに敬服すべき麗人だという心の程を折あるごとに匂わせる。美代子に対しても同様、あなたのような可愛らしいお嬢さんは二人とあるものじゃないという敬意と愛を言動の要所に含めることを忘れておらない。
 なまじいの言い訳は、とるには足らぬ。御婦人に対しては、まさしく彼の如くに、御当人への尊敬と愛とが、何よりすぐれた言い訳にきまっているのだ。
 そういうことを知ってはいても、私などは育ちが下根《げこん》で、ぬけぬけとそうはやりきれずに、つい女々しく、イヤミッたらしく言い訳に及んでしまうテイタラクであるから、まことに敵が憎く、また口惜しいのだが、偉い奴だと思わずにもいられぬ。
 翌日、ヤス子は大浦博士を評して、あまり図太い、まるでカラカワレテいるようで不愉快に思った、と言っていた。私は内々大喜び、よくぞお気がつかれた、というところであるが、それでは大人物らしくないものだから、イヤ、人間は、図太いということゝ、善良さとは無関係なものですよ、変に小心ヨクヨクたる奴が内々はフテクサレのミミッチイ嘘つきのホラ吹きなどゝは、よくある奴ですよ、などゝ言う。
「えゝ、紳士はあのようなものかも知れません」
 と、ヤス子はつゝましく考えこんで、
「でも、私は、あの
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