然し、君、社長と美人社員なら、先ず、そんなところだろう。なんにしても、本来、筋のよからぬ会社のことだからな」
「まア、まア、おやき遊ばすな。あなた方、病院内の生活はいざしらず、ヤミ屋の仁義は御婦人を手ごめに致さぬところにあるものです。かの御婦人は、我々の仁義を諒とせられて、目下、下情を御視察中のけなげなる美丈夫というものですよ」
「然し、思召《おぼしめ》しはあるだろう」
「それは、あなた、木石ならぬ我が身です」
「アッハッハ」
大笑一番、ふと私に盃をさして、
「これは面白い。ヤミ屋にくらべると、私らはヤボかも知れん。君らが物質的である以上に、私らはフィジカルだからな。私は君の会社へ遊びに行くよ。夏川夫人に御交際を仰ぎにさ。よろしく頼むぜ。敗戦このかた身辺ラクバクたるもので、とんと麗人の友情に飢えているから、千里の道を遠しとせずさ」
「先生のような強敵が現れちゃア、これは困るな。御手やわらかに」
と、私もウマを合せておいたが、よしよし、これ又、一つの展開である。すべて現れいでる新展開は、身にいかほど不利であろうとも、不利も亦《また》利用しうるもの、この心構えのあるところ、いかなる不利の展開も歓迎せずということはない。私はむしろ、新展開を祝福した。
然し、その翌日、早くも、彼が私の社へ姿を現したときには、私は怒りに目がくらんだ。なぜともなく、絶望にうたれた。私は彼を殺してやりたいと切に思った。
私らヤミ屋のガサツな新装にくらべて、古いけれども上品高価な衣裳の何と心憎いことであったか。彼の来臨は光を放って社屋を圧倒するような落付いた余裕があった。
こうなれば、死んでも負けられぬ、と私もムキに力んだものだ。
★
半生、タイコモチ然と日陰の恋に浮身をやつして育ち上った私は、今日なにがしの金力を握って一ぱし正面切ってみても、恋の表座敷では、とんとイタにつかないミスボラシサを確認したにすぎないようなものだった。
大浦博士がわが社へ現れた時は、ちょうど家出中の美代子も来合してヤス子と一しょに居たものだから、博士は美代子とヤス子を食事に誘う。ヤス子に紹介の労をとった私がその場に居合わすにも拘らず、てんで私の無きが如く、お世辞にも、私を誘いやしないから、私は煮えくりかえる怒りに憑かれたが、又、感心せずにいられなかった。
もとより私のことだから、誘
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