だ。女房が亭主を罵倒しても、それにオツキアイをしてはいけない。夫婦はいつも夫婦であるということを、我々他人は心得ておかねばならないのである。こう言っておいて、
「そうですか。それでは、今夜一夜は、私のうちへ、ヤス子さんも一緒にお泊りになっては。むさくるしいところですが、うちの女房だけは自慢の女房で、まことに親切な女です」
 ヤス子も考えたあげく賛成して私の家で一夜をあかしたが、私はこんな機会をねらって御婦人に言い寄るような、そんな便乗的な手法は用いない。そんなことをするぐらいなら、はじめから天地神明に誓いをたてやしないのである。
 美代子の話をシサイにきゝたゞしてみると、しかし、その家出の原因は、決して美代子の述べる表面だけのものではない。私は思った。美代子はむしろ、まごゝろを面にあらわして罪を謝し、兄の縁談とは別に、自分一個の求婚を考慮してくれ、という種則に好意を感じているのである。そしてその好意を感じたということが、自己嫌悪の絶叫となり、その怒りが、家へ、母へ、大浦一家へ呪いとなって、激情のトリコとなっているのではないか。
 ジロリの御婦人が二人まで私の住所へお泊り遊ばすなどゝは天変地異のたぐいで、二度とめぐり合う性質のものじゃない。これこそ彼女らのジロリズムを中和せしめる機会というものであるから、私自身がタスキをかけて女房よりも忙しくお勝手で活躍してあげる。その合の手に子供が喧嘩をオッパジメルとその御仲裁にも立合わねばならず、三分毎に一分ぐらいはジロリストの御機嫌奉仕も致さねばならず、この忙しさは心たのしいものである。
 御食事がすむ、姫君方はお疲れだから、それ御寝所の用意を致せというので、私があらゆる押入をひっかきまわして有るたけのフトンをつみ重ねてあげると二尺ぐらいの高さになる。御婦人方を笑わせておいて、ともかく報告に行ってきましょう、と私は病院へかけつけた。
 衣子は私の報告をきいて、
「じゃア、私と大浦先生にきまりがつかなければ、うちへは戻らぬと申したのですか」
 と、例のジロリを私の顔にはりつけるように見すくめるから、私はカンラカンラの要領でいと心おきなく笑って、
「いけません、いけません。そんな、お嬢さんを一人前の敵あつかいに対立なさってはいけません。十九という年齢の浪漫精神による童話的創作というものですよ。実際問題はそんなところに有りゃせんです。
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