ず、衣子を面詰して、私のことをダシに使わず、お母様自身大浦博士と結婚したらいいでしょう、と罵った。まだそれでも、おさまらない。大浦博士を同じように面詰した。つゞいて、大浦種則を面詰した。
そのとき、種則が、まごゝろをあらわして罪を謝し、
「然し、美代子さん、僕はあなたのお母さんと僕の兄とのことなどは毛頭知らなかったのです。まして僕には、富田病院を乗取るなどゝいう魂胆のあるべきものではありません。なるほど、この縁談は兄のはじめたことですが、今となっては、あなたは僕にとって、なくてはならぬ御方です。あなたの財産などは欲しくはありません。欲しいどころか、くれると云われても、コンリンザイ受取るものではありませんよ。僕はたゞ、あなたゞけが欲しいのです。僕が聟になるのじゃなく、あなたをお嫁に欲しいのです。兄のはじめた縁談とは別に、改めて僕自身からの求婚を考慮して下さいませんか」
と、きりだした。そして、ともかく、二人だけで、もっと冷静に話しあって下さいませんか、と云って、帰るというのを送ってでて、喫茶店で話をしたが、美代子は、母と大浦博士との問題がある限り、これ以上の汚辱を加えることはできないと席を蹴って、その足で、私の社へかけこんだ。
美代子はもう家へ帰りたくないからヤス子の家へ同居させてくれ、そして私の社で使ってくれ、というのだが、もとより一時のことで、いずれは心が落付く、然しそれまで、ともかく一日二日はヤス子さんに泊めていたゞくがよろしいかも知れません、と私がヤス子にささやくと、ヤス子はしばらく考えていたが、やがてハッキリと私を見つめて、キッパリと、
「私のうちはお泊め致しかねるのです」
という。問いつめてみると、自分の良人はダラシなくなり、女中には手をつける、同居の娘や人の奥さんにも怪しいフルマイをしかける、だからお泊めできないのだ、とハッキリ言った。
「敗戦を口実にするのが、卑怯なのです」
と語気強くつけたしたから、私もいさゝかその割り切り方に反撥を感じて、
「然し、ヤス子さん。敗戦を口実にと云いますが、敗戦の場合はいかにも口実がハッキリして良く分るからよろしいが、いったい、我々人間が、口実なしに、罪を犯しているでしょうかね。人間の弱さを、そんな割りきった角度から安直に咎めたてるのはどうでしょう」
こう良人を弁護してやるのも、彼女自身への思いやりというもの
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