に澄まない筈は有り得ないのだ、と。三船さん。私は今では、私自身の中ではなしに、あなたのお姿の中に、上高地の澄んだ自然を感じることができるようになりましたのです。私は、この私の感じの正しさを信じております。私はいつまでもお待ちしております。今すぐに自首して下さい。そして、お帰りの日を」
ヤス子のエンゼンたるほゝえみに、大らかな、花のような光がさした。ヤス子の唇があたゝかく私にせまり、ヤス子の腕が私のウナジを静かに然し強くまいた。
それから一時間半ほどの後である。私は警察へたどりついた。玄関前で、ヤス子に別れた。私は結局、あれからも、ヤス子に一言も語らなかった。語る何ものもなかったのだ。別れの挨拶の言葉すらも、なかったのである。私はふりむきもしなかった。
ほどへて私は刑事部屋で、一人の刑事にこう頼んでいた。
「ねむらせて下さい。一時間でいいのです。あゝ、疲れた。ウワゴトを言ったら、覚えておいて下さい。あゝ、何か、オレの喋ることが、分ればいゝ」
そして、ゴロンところがっていると、はじめて、うすい涙があふれてきた。
底本:「坂口安吾全集 06」筑摩書房
1998(平成10)年7月20日初版第1刷発行
底本の親本:前半「文藝春秋 第二六巻第四号」
1948(昭和23)年4月1日発行
後半「別冊文藝春秋 第六輯」
1948(昭和23)年4月1日発行
初出:前半「文藝春秋 第二六巻第四号」
1948(昭和23)年4月1日発行
後半「別冊文藝春秋 第六輯」
1948(昭和23)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2007年4月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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