もの。ちょッと、はなれて、くれませんか」
 片彦は、ぬき足、さし足、近づいて、花田を、ゆさぶる。ものゝ二三分もゆさぶって、ようやく、花田は、目をあけた。
 これで、カストリ社事件が終ったのである。
「気を失ったのは、一分間ぐらいなんだ。ワシは、こゝを必死と、死んだフリをしていたんだ。鼻血のヌルヌル、気持のわるいこと。うまく行けば、これで助かる、ワシはそう思うと、あらゆる神仏を念じたな」
 これが、花田一郎の述懐であった。
 だから、盛夏の今日も、尚、かの社長の先生が机の上のカナダライの水に足をつッこんで天井を睨み、きわめて稀れに、苦痛少き借金のカクトクに街を歩いているのである。



底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
   1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「別冊オール読物」
   1948(昭和23)年9月20日発行
初出:「別冊オール読物」
   1948(昭和23)年9月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年3月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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