、まさか、横丁まで、つきあいたくはねえだろうな」
「つきあいたか、ねえよ。つきあえったッて、オレ、逃げちゃうもの。オトトイの晩も、なア、オレ、逃げちゃッたもん。その前のときさ、オレ、アノコと一しょだもの、逃げちゃいけねえし、あゝいう時は、いけねえよ。たかられちゃってさ、オレ、オカネが一文もねえんだもの、アノコが千五百円とられやがんのさ。仕方がねえから、オレ、金歯ぬいて、売ったんだ。変だよ、なア。金歯だって、歯にくッついている限りは、やっぱり、カラダの一部分じゃねえか。だからさ。お前。金歯を売るなんて、やっぱり、身を売ることじゃねえか。つまり、オレ、パンパンやっちゃったと思うんだ。パンパンやって、アイツに千五百円返してさ、つまらねえじゃないか、ホラ、口んなか、ここんとこさ、こゝから、貞操がなくなっちゃって、オレ、不愉快なんだ。バカにしてやがるよ、なア、オイ」
「お前は、なんて、名前だ」
「オレは、詩人だけど、知らねえかな、知らねえだろうな、知ってりゃ、偉いよ。土井片彦ッて名前は、殆ど、人が知らねえからな。然し、オレだって、持ちこみ原稿ばかりじゃねえもの、頼まれた原稿だって、書いてるよ。なア。原稿料だって、二千円、もらった月もあるんだもの、もっとも、半分しか払わねえや、そんなの、ないじゃないか、然し、オレの社も、原稿料の払いが悪いから、オレ、まったく、赤面するよ、なア」
「イヤ、この男は悪気がないんです。一風変っているだけで、なんしろ、心臓まで、右の胸についていて、ツムジが八ツもあって」
花田が口をいれて、とりなすと、
「オイ、よせよ、はずかしいよ、なア、オイ、とっても、残酷だよ」
顔をあからめて、必死に恨んでいる。
国際親善の大紳士も、直接応待の手段が見つからなかったようである。そこで、キッと、ひきしまると、
「気を附けえ!」
と、大喝一声。さて、気をつけの一同をジロリと見渡して、
「オレは一週に一度だけ、社へでる。オレの代りに、秘書のこれが、毎日、見廻りにくる。オレだと思え。この部屋の汚さ、暗さは、なんだ。居は心をうつす。明朗でなければ、ならんぞ。第一着手として、部屋の壁を、白く、明るく、塗りかえる。こゝだぞ。オレのやり方は、いつも、そうだ。文化も、国際親善も、この精神でなければならんぞ。貴様らも、オレのような第一人者たる国際民間使節の下に、文化国家建設の仕事に当る、最も、貴様らの光栄の至りであるぞ。よし、礼!」
そして、秘書をしたがえて、悠々と出て行った。
★
思いよらざることになった。
「花田さん、ひどいわねえ。唐は中国だったなんて、そんなこと、でも、ひどいわ。ずいぶん、侮辱じゃないの」
「オイ、オイ、スミマセン、アナタ。そんな、個人的な感情問題じゃないぜ」
と一同を制したのは、一番年の若い、然し、さすがに銀行員上りの、一同の中で一番物の道理の分った堅木という会計係であった。
「カストリ社の運命や、いかに」
「うん、まったくだ。あんな奴に、のさばられちゃ、かなわねえよ、なア。オレは、こんなエロ雑誌はあんまり性に合わねえけど、然し、オレは、詩人だからネ、オレは古くないから、食うためにエロ雑誌をやる、女に生れたら、パンパンやったって、いいんだ。詩をつくりゃ、いゝじゃねえか。だから、オレがこんなカストリ雑誌の記者であるということは、つまり、パンパンの精神なんだ。でもよ。車組の検閲雑誌は、いけねえよ。いったい、アイツは、わが社の、何のつもりなんだ」
「つまり、社長のつもりだろうな」
一同は花田をジロリと睨み、社長の先生へ目を転じた。
花田は魂を失い、施す術を失い、たゞもう茫然、ザンキ苦悩、刑死せるキリストの如くにうなだれている。
社長の先生は、いったん親善使節の紳士に奪取された帰属不明の椅子にもどって、靴をぬいで、足を机に乗っけて、両手を後クビにくんで、天井をにらんでいる。
「ウン、やっぱり、なア。今となっては、あんなカッコウしてみるより、仕様がねえだろうな。だけどさ、ウチの社長は、あれが年ガラ年中のカッコウなんだから、こりゃ、つまり、先天的、没落者の姿なのかも知れねえなア。二十万円、有りゃ、いゝんだろう。二十万円ぐらい、オレがだしてやりたいけど、もう、金歯はねえし、もし、みんなが女だったら、オレが命令を下して、そろってパンパンに出動して、二十万円ぐらい、一週間で稼いじゃうけど、ママならねえよ、なア。でも、なア、ワッハ、悲しいよ、なア、あの姿、ワッハ、アレ、二十万円ないという姿なんだ、ひでえよ、なア、ワア」
「なにィ」
社長の先生、ジロリと目をむく。それだけである。さすがに、顔色も変らない。
「エッヘッヘ。きこえちゃったか。気の毒だよ、なア。だけど、先天的に、どうも、仕方がねえや。問題
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