んとしておる。同様の事の次第によって、君にも、景気よく、原稿料を払う。どうしても、本日、使いきってしまわねばならぬ残金があってな。エート、原稿料、赤木三平、一万一千円也、これは多すぎる」
「コレ、コレ、五ヶ月分、たまっているのだぞ」
「そうか。然し、端数は切りすてゝ、一万円、即ち耳をそろえ、あと、一万五千円ほど、残っておるから、これより、宴会をひらく。コレ、花田ウジよ、泣くでないぞ。切腹は、とりやめじゃ。ワガハイが、ココロよく社長を退く。それだけのことじゃ。人数が多いから、宴会は、カストリでやる。足がでたら、三平のフトコロに、一万円ある。者共、遠慮致すな」
と、カストリ横丁の一軒を占領して、大宴会を催した。
然し、社長をやめりゃ、いゝんだ、と云ったって、そう簡単にやめられるものではない。たった二十万円で、雑誌を売り渡すようなものだ。じゃア、どうすりゃ、いゝんだ。カンタンだ。二十万円、ありゃ、いゝんだ。
花田は、発頭人であるから、身をきられる切なさである。顔にはださないが、社長の先生の心のうちも、よく分るのだ。なんとしても、二十万円、ほしい。とても、泥棒の勇気はないから、あとの道はたゞ一つ。
翌日、彼は土井片彦をよんで、
「一生の願いだ。折入って、たのむ。ワシはこれから、二十万円のカタに、イノチをすてに行くから、立会ってくれ」
「オイ、おどかしちゃ、いけねえや。死なゝくたって、いゝじゃないか。ひでえよ。だいたい、オレは、とても心細くって、椅子にこうして腰かけているのが、精いっぱいなんだもの。立会人なんか、できやしないよ」
「オイ、一生の願いだと云ってるじゃないか。たゞ、見とゞけて、後々の証人になってくれゝば、いゝんだ。そんなことのできるのは、ともかく、詩人の、君だけなんだ。君には、とにかく、芸術家の純一な正義と情熱があるんだ」
「ウーン、そうか。そう云われると、なんだか、やらなきゃ、悪いみたいじゃないか。困っちゃったよ。なんだか、変だな。オレは、然し、戦争のときも、兵隊で、特攻隊はキライだったし、あれは、いかんと思うよ。然し、花田氏が死ぬ、オレじゃア、ねえんだな。花田氏が死ぬ、見とゞけるのが、オレか。ついでにオレが殺されちゃア、つまらねえけど、花田氏死す、それをオレが見ている、面白えのかな。面白くなくちゃ、つまんねえけど、わからなくなっちゃった。じゃア、仕方が
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