は、オレは、先天的なんだと思うんだ」
「まさに、片彦の云う通りじゃよ」
 と、社長の先生、悠々と、然し、いさゝか、悲痛である。
「要するにだよ。オカネというものがなければ、オレが社長であるという意味はない。しかるにじゃ。オレは今日まで、借金のために奔走これつとめ、辛くもなにがしの借金をカクトクすることによって、この椅子にこうして坐って、かくの如くに足を机の上にのッけていたわけじゃよ。身にあまる苦痛であったよ。借金は、苦痛じゃよ。それにも拘らず、なに故に、ワガハイがかくの如くに社長であったかと云えばだな、つまり、自分個人の借金をカクトクせんとすることは、さらに苦痛である。わが社のために借金をカクトクすることは、いくらか苦痛が少いのだな。そこに於て、即ちワガハイは、苦痛少く借金をする、どっちみち、ワガハイは借金によって生活せざるを得ん宿命にあるから、マア、左様なる事の次第によって、ワガハイが今日に至るまで社長であったワケである。ワガハイは社長の椅子にテンタンであり、運命に従順であるから、汝らも、嘆くでないぞ」
「イヤーッ、社長! 先生! オレが、もう、ここで、腹を切る。オレは死に場所を探していたんだ。十年前、あの浅草、あの楽屋、君たち知るまいが、舞台裏で、あのジャズが舞台裏じゃ、階段をこう曲りくねって、這いながら、忍びよる、あれをきゝつゝ、あの時から、ワシは、もう、今日、死のう、明日、死のう、と思っていたんだ。あゝ、然し、かゝる大罪を犯し、皆々様を苦しめて、腹を切る。死は易い、然し、罪がせつないんだ。あゝ、ワシは、苦しい」
 ギャーッ・ギュウ/\という声をたてゝ、花田一郎がエビの形となって泣きふした。
 そのとき、カストリ社の扉をあけ、
「ワア、ひでえ。借金とり退治に熊を飼いやがったんじゃ、ねえだろうな。オレだって、原稿料をサイソクする、借金と同じぐれえ、苦しいもんだよ。こっちの気持も、察しやがれ」
 と、ブツブツ云って這入ってきたのは、社長の先生の友達で、文士の赤木三平という男であった。
「やア、赤木か。近う、まいれ。今日は、景気よく、原稿料を払ってつかわす」
 花田が身も世もあらず、吠え狂っている。三平先生、これを横目にジロリと見て、
「かの男は、歯が痛むのか」
「バカな。あれほど苦しむのは、睾丸炎に限るもんじゃ。今日は、いさゝか事の次第があって、彼はこの場に切腹せ
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