つた、女房も今度の場合のやうな家出はそんなやうなもので、一応は必ず肉体的なことはイヤだと言ふにきまつてゐるのだから、相手がまだ学生で坊ちやんの浮田のことだからそれを押してどうすることになる筈がなく、極めて感傷的な旅行にくたびれてゐるぐらゐのところだらう。むしろ機会を失し、帰るに帰られず煩悶してゐるのかも知れず、それやこれやで御両名遂に心中といふやうなことになつてもなほ肉体の関係はないかも知れぬ。世上の俗事は、案外そんなもので、一向人目につかず亭主に知られぬやうな浮気に限つて深間へ行つてゐるもの、かういふ派手な奴は見かけ倒しで、両名却つてたゞ苦しんでゐるぐらゐのところだ、などゝ慰めた。そしてまだ陽のあるうちに、さつさと帰つてきてしまつたのだ。
按吉に慰められてゐるうちは庄吉も力強いやうな気持で、すつかり相手にまかせきり安心しきつてウンウンきいてゐたが、按吉がさつさと帰つてしまふ、待ちかねたものを待つうちはまだよかつたが、すでに来り、すでに去つた、按吉の居るうちこそはそこに何がしの説得力もあつたにしても、按吉去る、その残された慰めの言葉は何物ぞ、たゞ空虚なる冗言のみ、女房はをらぬ、男と共
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