たれていけねえ、ウヰスキーはねえか、オールドパアがいゝんだ、などゝ泥酔して家へ帰る。女房柳眉を逆立てゝ、
「どこをノタクッて飲んでくるのよ。お米やお魚を買ふお金をどうしてくれるの。それを一々おッ母さんに泣きついて貰つてこなきやアいけないの。おッ母さんから貰つてくるなら、あなたが貰つてきてちやうだい。さもなきや、私はもう小田原にはゐないから」
「何言つてやあんだ。行くところがあつたらどこへでも行きやがれッてんだ」
 然し胸の底では彼の心は一筋の糸の如くに痩せるばかり、小説を如何にせん、もはや書きつゞける自信もない、待合の支払ひ、連日の酒代を如何にせん、この機会にして書き得なければもはや文学的生命の見込みもない、この切なさを何処《どこ》に向つてもらすべき。
 酔ひからさめれば、女房のくりごとも胸にくひこむ。いくらでもないお魚の代金まで母に泣きつく女房のせつなさ、もとより彼自身のせつなさなのだ。心配するな、金策してくる。そこで雑文を書き上京して雑誌社をまはり、三拝九拝ねばりぬいて何がしの金を手に入れる、友だちとお茶をのんで、なんしろ一枚のヒモノを買ふ金もないてんで女房の奴怒り心頭に発して、な
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