生活、そのうへ亡夫と一緒のころから孤独には馴れてゐた。なぜなら亡夫は外国航路の船長で、大部分は海で暮して、たまに帰ると家よりも青楼《せいろう》で深酌高唱、時にはまだ学生の庄吉をつれて出たまゝ倅まで青楼へ泊めてしまふていたらくで、亭主と顔を合せるたびに剣客が他流試合をするやうな長々の生活に馴れてきたのだ。
 亡夫の遺産は年端もゆかぬ庄吉がみるみる使ひ果し家屋敷は借金のカタにとりたてられ、執達吏はくる、御当人は逃げだして文学少女とママゴトみたいな生活して、原稿は売れず、酒屋米屋家賃に追はれて、逃げ廻り、居候、転々八方うろつき廻り、子供が病気だのと金をせびりにくる、彼女は長年の訓導生活で万金のヘソクリがあるからそれを見こんで庄吉が騙しにくるのだけれども、もう鐚一文《びたいちもん》やらないことにしてゐる。下宿を追はれ、どこかの居候もゐにくゝなると、小田原へ逃げのびてきて糊口をしのぎ、原稿をかいてどこかの部屋をかりる当がつくとサッサと飛びだすといふ習慣、恩愛の情など微塵もなく、たゞもうヤッカイ千万な奴だと思つてゐる。
 然しそのとき庄吉には都落ちを慰めてくれる非常に大きな希望があつた。それは東都
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