づけが欠け、一人よがりいゝ気にオモチャ箱をひつくりかへしオモチャの人格をのさばらせるから、むしろそこからヒビがはいつた。宿六の愛読者ではなくなつたから、作中人物を疑り蔑むことによつて、現実の宿六をも蔑み、その犯しがたい品位まで嘘つパチいゝ加減のまやかし物だといふやうに見る目が曲つてしまつたのである。
庄吉はもう四十になつた。彼は女房を信じ愛しまかせきつてゐた。気の毒な彼はその作品の根柢が現実の根から遊離し冷厳なる鬼の目を封じ去り締めだすことに馴れるにつれて、彼は然しあべこべに彼の現実の表面だけを彼の夢幻の作品に似せて行き、夢と現実が分かち難くなつてきた。
彼は雑誌社で稿料を貰ふ。借金とりにせめられ、子供の月謝や弁当代に事欠き、女房は彼の帰宅を待ちわびてゐる。その借金や子供の学費が気にかゝることに於て彼は決して女房以下ではないのだけれども、友だちに会ふ、懐中の原稿料は無事女房に渡してやりたいけれども、先刻も話した通りこのお金には脚があつて慌てゝ走つて行きたがつてゐるのだから、せつない。まア一杯だけと思ふ、よく酔へる、二杯、三杯、十杯、さア、景気よく騒がう、あれも呼べ、これも呼べ、八方
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