からカンベンができない。日本の女房は概ね女中兼業で、兼業の方に主力が置かれてゐる状況であるが、当人が好んで兼業に精をだしてゐるわけではなくて、亭主が無力で女房と亭主友だちづきあひといふわけに行かないシクミだから涙をのんで筍の皮をむいてゐる。しかるに何ぞや。自分の無力無能をタナにあげて、女房は世帯じみて筍の妖術使ひだと言ふ。どこの宿六でも自分の無力無能のせゐで女房をヤリクリ妖術使ひにしておきながら、ヤリクリなしの遊び女にひそかにアコガレをよせてゐるいづれも不届きの曲者ぞろひで、さてこそ女房がこぞつて遊女芸者オメカケを敵性国家と見なすのは重々|左《さ》もあるべきところである。見えも聴えもしなければ我慢のしどころもあるけれども、目に見え耳に聴えては痛憤やるかたないのは御尤も、それでも胸をさすつてゐると、一緒に芝居見物に行つて酔つ払つておそろひで賑々しく帰つてきて女房の部屋へは顔もださず、マダムの部屋で馬鹿笑ひをしながら飲ませて貰つてゐる。〆切に追ひまくられ女房が鍋の音をガチャリとさせてもギラギラした目を三角にしてヂロリと睨むくせに、マダムが先生チョットと呼びにくると困りきつた顔半分相好くづしていそいそと出たまゝ夜更けまで帰らずベロ/\になつて戻つて小説は間に合はず、貧窮身にせまる。
然し宿六の心事は複雑奇怪で、彼は決して女にもてゝはゐなかつた。彼はていよくマダムにあやつられ、それといふのが、彼がその道にまつたく稚拙で単なるダダッ子にすぎないのだから旦那の信用を博してゐる、そこでマダムは彼をつれだし、ついでに男をつれだして、彼を気持よく酔はせておいて、アラ、チョット先生忘れた用があるからとか、買物をしてくるから、とか、人に会つてくるとか呼んでくるとかぬけだして、彼にはオデン屋の安酒をあてがつて二時間ほど遊んでくる。しよつちう男が変つてゐるが事情に全然変化のないのは庄吉で、ちかごろでは卑屈になつて、アラ、さう、忘れた、先生、と二人の男女が立ち上ると、皆まできかずエヘヽ行つてらつしやいなどゝ、あさましい。そのあさましさは骨身に徹して彼には分るが、浮気女の豊艶な魔力におさへられて一言二言うまいことを言はれるとグニャ/\相好をくづすだけが能だといふ、思へばかへすがへすもあさましい限りであつた。こんなことは女房に言へた義理ではないから、いかにも彼が大もてゞ、マダム意中の人の如くに威
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