る偏見に患わされている精神病者なのである。
 理想と現実を混乱させてはいけない。理想というものは、最後のものだ。それは、わかりきっている。共産主義などゝいうものが、決して我々の最後の理想となりうる筈のものではない。理想は、簡単明快、きまりきっているではないか。世界単一国家、そして、各個人の不幸が最小限になるまで、その秩序が改良工夫された社会である。これはある点まで公式的に算出することが出来ても、万億の現実に突き当って改良工夫する以外に、最後の成果は望み得ない性質のものであろう。
 資源豊かならざる小さな国土と多すぎる人口、この日本の現実を見るならば、日本の経済を安定せしめる方法は、ハッキリしている筈である。つまり、貿易である。搾取階級がなくなろうと、なくなるまいと、貿易に依存せずに、日本がどうなるものでもない。外貨を獲得することだ。貧弱な物資でヤリクリを上手に、合理化してもタカが知れており、共産主義だの経営の合理化だのとチャチなお題目や空念仏を唱えるよりも、ホテルをつくり、道路を良くし、外国から旅行客をつれこむ方が、どれぐらい実質的であるか分らない。その方が、はるかに日本の生活水準を高くする方法なのである。
 だいたい、日本の共産党がかかげているスローガンには、進歩思想の本質的なものが欠けており、むしろ、最も保守的であり、反動的なものである。
 第一に、人員整理・クビキリ反対ということをお題目的に唱える。
 すべて進歩的なるものは機構の改良を第一とし、必然的に人員整理を伴うべきものである。転換すべき時にお茶を濁し、無役な人員をかゝえて、人員のために無用な役務をでっちあげて失業者なきことを是専一とつとめていたところで、進歩や改良の行われる筈がないではないか。
 進歩改良には必然的にクビキリが伴うべきものであるから、政策の重点の一つは、整理された人員の職業転換という対策でなければならぬ。シャニムニ、クビキリ反対をお題目的に唱える共産党の在り方ほど、保守反動的なものはない。
 ともかく、現在、保守政党とよばれている政党には、現実に即した進歩的な政策がある。機構を改良し、人員を整理し、失業人口をたとえば土木方面へ向けて、観光日本の建設をはかるという。この方が共産党よりも、はるかに現実的であり、進歩的な方法なのである。
 クビキリ反対を唱える共産党が、かりに政権をとったとして
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