年前に比叡山で、私のために金を五百貫見つけて呉れた商人というのが、あなたじゃありませんか。それを忘れて貰っちゃ困る。それともあなたは、ほんとに忘れたのですか?」
こんな言葉であります。
これは、そもそも禅問答なのであります。
ザヴィエルのほうは、そんなことは頭のなかに初めからはいっていない。禅問答の要領などというものは、御存知ないのであります。これは知らないのが当然であります。まるっきり問題になっていない。ですから、このフカダジという坊主を、大変な出鱈目をしゃべる奴だと思ったのであります。そこで、
「あなたは一体、幾歳になるのですか?」
とフカダジに聞きました。
フカダジは答えて曰く、
「私ですか、私は五十二才です」
すると、ザヴィエルは、
「五十二才という人間が、千五百年前に、比叡山で金を貸すことが出来るということは、おかしいではありませんか。そんなことはあり得ない。あなたは、どうしてそんなことを云うのですか」
と問い詰めたのであります。
これには禅僧もすっかり参ってしまったのであります。
つまり、禅には禅の世界だけの約束というものがあるのでありまして、そういった約
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