坊主をやっているのだから、殿様の死んだ時には、自分としては、お寺へ葬らなければならぬ。それは仕方のないことなのだから、そいつだけはどうか勘弁して呉れないか」
 というようなことを云って頼んでいる。
 そうするとアルメードは、
「それは不可《いか》ん。貴方は、名誉とか地位とか、そのようなものは、すべて捨ててしまいなさい。すべてを捨てなければ、洗礼を授けるわけにはゆかない」
 と判っきり答えています。それでとうとう、ニンジは洗礼を授けて貰えなかったのであります。アルメードは帰国し、再来し、さらに三度目にサツマへ参りました時には、ニンジは死んでおったのでありますが、死ぬ時に、洗礼を受けないで死ぬのはまことに残念だ、という遺言のあったことをアルメードが聞いていることが、伝わっております。
 この禅僧とカトリック僧侶との交渉は、もう一つあるのでありますが、フランシスコ・ザヴィエルは、ニンジに会ってから後に豊後《ぶんご》へ行きました。そうして、フカダジという禅僧と会っているのであります。この時に、フカダジは、ザヴィエルの顔を見まして、
「あなたは何処かで見たことのある顔ですが、如何がですか、私の顔に見覚えはありませんか?」
 と聞いたのであります。
 それを聞いて、ザヴィエルはびっくりしました。一度もこのニッポン人とは会ったことがない、従って顔を見たことがないのでありますから、驚くのも無理はありません。そこで次のように答えたのであります。
「いや、あなたの顔は見たことがありません」
 この答を聞いて、フカダジは大笑いをしたのであります。そして自分の寺へちょうど来ていた、ほかの禅僧のほうを向きまして、
「この人は、おれの顔を見たことがないなどと云うが、大変な嘘つきだよ」
 というようなことを云ったのであります。話しかけられた禅僧もフカダジの云うことが分ったような顔つきをしていましたが、ザヴィエルには納得がいかないのであります。これは納得のいかないのが当然なのでありまして、ザヴィエルは、
「これはおかしなことを聞くものだ。私は曾つて嘘というものをついたことがない。今も嘘をついた訳ではないのだ。どうして、私を嘘つきだなどと云うのです」
 となじったのであります。
 フカダジはそう云われて、こんな答をしております。
「あなたは、そんなに白っぱくれていられるけれども、今からちょうど千五百
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