。
数日の後、売薬その他いかもの類に造詣の深い友達に会ひ、まだ驚きのさめやらぬところから老婦人の言葉の通りを取次いだ。
「それは君」と友人は即坐に答へた。
「天理教が同じことをいつとるぜ」
なるほど由来宗教は逆説であるにしても、こんな気の利いた理窟をこねる宗教が日本にもあつたものかと私はひとしきり面白がる。
また数日の後、風の良く吹き通る二階で、私は友と、その母親と、ねそべりながら話してゐる。母なる人の立つたあとで私は友にきいた。
「君のおつかさんは良人を命の綱のやうにひとすぢに信じもし愛しもしてゐたのだらうね」
友達は顔色を変えて驚いた。
「母は」と彼は吐きだす如く強く言つた。
「父の生きてる間といふもの、父と結婚したことを後悔しつづけてゐたよ。父の死後は、ひとすぢに憎みつづけてゐるばかりだよ」
私の頭がのどかに廻転を失つてゐる。私は彼の父親の在世の頃を思ひだす。玄関に立つと、家内の気配が荒廃し恰も寒風吹きみちた廃屋に立つやうであつた。その気配をいやがり訪れることを躊躇した人々の顔も浮んできた。
「だからさ」私はなんのきつかけもなくふと言ひだして、何も知らない友達に、食つて
前へ
次へ
全13ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング