するに、土地の事情に適応した防空壕の特殊な型を考へず、防空壕は穴を掘るものだと思つてゐる。私は非常に怒つてしまつて、この土地で穴を掘るのが間違つてゐるので、イザとなれば水があつても飛びこむ筈だなどゝ考へるのは大間違ひだ。生命の危険は予告のあるものではないから、やられる時は外でウロ/\してゐるうちにやられるので、水があつては壕の中へはいり得ず爆撃の危険は防げない。かういふ土地では金をかけても穴を掘らずに多くの材木と砂を使つて外壁の厚い露出した防空小屋をつくる以外に手はないものだ、と群長につめよつたが、それだけの木材がないといふ。すると呆れたことには隣組の面々が私の意見に反対で、この燃料の不足の時に、それだけの木材は壕よりも燃料に廻した方がいゝ、といふ。私は自分だけが特別生命の危険を怖れてゐるやうで切なかつたが、後日爆撃が始まつてみるとさうではないので、ふだん用意のない人ほど現実の恐怖に直面するとふるへあがつてしまふ。彼等の強いのは知らないからで、無知のせゐで、いつたん知ると恐怖に対するとりみだしただらしなさは論外だ。
私は防空壕には困らなかつた。始めコンクリートの池を改造して防空壕をつくつたが、そのうちドラム缶をもらひ、蛸壺壕をつくつた。日本鋼管のエライ人から貰つたもので、鉄の蓋が工夫よくつくられてあつて頭からスッポリかぶせると、直撃を受けない限り大丈夫、理想的なものだつた。
私は友人縁者から疎開をすゝめられ、家を提供するといふ親切な人も二三あつたが、それを断つて危険の多い東京の、おまけに工場地帯にがんばつてゐた。私は戦争を「見物」したかつたのだ。死んで馬鹿者と云はれても良かつたので、それは私の最後のゼイタクで、いのちの危険を代償に世紀の壮観を見物させて貰ふつもりだつた。言ふまでもなく、決して死に就て悟りをひらいてゐるわけではない私が、否、人一倍死を怖れてゐる私が、それを押しても東京にふみとどまり、戦禍の中心に最後まで逃げのこり、敵が上陸して包囲され、重砲でドカ/\やられ、飛行機にピュー/\機銃をばらまかれて、最後に白旗があがるまで息を殺してどこかにひそんでゐてやらうといふのは、大いに矛盾してゐる。然し、この矛盾は私の生涯の矛盾で、私はいつもかういふ矛盾を生きつゞけてきたのであり、その矛盾を悔む心はなかつた。死ねば仕方がないといふことは考へてゐた。私は兵隊がきらひ
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