六日間はたいがい碁会所で碁を打つてゐる。けれども日本はもう駄目だといふことは私のやうな者の目にも先づ明かで、やがて日本は廃墟となる、その中で否応なく立籠らねばならないので、軍部の一ツ文句ではないけれども最悪の事態環境の中で困苦欠乏にたへる精神でなくて私の方の考へでは肉体が、ともかく最後まで生き残りうる条件だと考へた。
 私は二ヶ年つゞけて海へ入りびたつたので、夏になると水へもぐりたくて堪らない。けれどもその年はともかくレッキともしてゐないが会社員であり、すでにサイパンも落ち、日本中の人間みんな学生女生徒まで工場へ住みこんだのだから、この年ばかりは海水浴の人間などは国賊になりかねない時世になつてゐるのだ。もはや新潟の海で泳ぐわけにも行かないから、そこで私は一法を案出した。
 お風呂へ水をみたして、一日に十ぺんぐらゐ水風呂へつかるのだ。もぐる一瞬間は苦しいが、もぐつて五六分ジッとしてゐると、なんとも爽快なもので、これに馴れると、温浴がいやになる。兄の一家が工場疎開でゐなくなり、その留守宅に私が一人で住むことになつて、この水風呂は燃料もいらず、時間もかゝらず、至極いゝ。秋になつた、九月になつた。十月になつた。外気は寒くなつても井戸水の温度は同じことで、もぐつてしまへば、夏の水浴と同じことだ。そのうちに慾がでて、これは面白い、いつまで水風呂にはいれるか、ひとつ冬までつゞけてやらうなぞと考へて、うまくいつたら厳寒をくゞりぬけて来年の夏まで持つて行かうといふ、全く私はヒマ人なので、さうだらう、小さい女の子でも働いてゐるのに、私ばかりは月給日にでかけるだけの勤め人で、然し、あいにく、酒をのむところも、面白い遊び場もなくなつたのだから、ヒマにまかせてつまらぬことを考へる。さすがに一人で考へてゐてもきまりが悪いから、かうして水風呂で身体をきたへておくと、いざとなつて山野に野宿がつゞいても耐久力があると考へた。これは屁理窟ではない。実際私はこの水風呂以来、厳寒に薄着をしても風をひかなくなつたので、今もつてその耐久力はつゞいてゐる。
 私は今も歴々《ありあり》と覚えてゐる。私は十二月六日まで水風呂へはいつた。もう東京の街にはサイパンからのB29[#「29」は縦中横]が爆弾を落しはじめてゐたのである。寒い朝だつた。その前日からくみこんである水風呂へ思ひきつてズボリともぐる。この苦しさの一瞬
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