私は酔っ払ったあげく、多量の粉末催眠薬をのんだのかも知れない。しかし私に自殺の意志など毛頭ある筈はないのである。むしろ、檀君と石神井《しゃくじい》部落を計画して以来、私は自分の生活の健康維持ということについて、いちじるしく希望を持つようになっていた。
このようなことが、なぜ起るか、ということについて、人はあるいはこれを鬱病というかも知れない。私は単純に不眠のせいだ、と答える以外に法がない。
伊東に来て以来、私は親しい友人たちの愛情にかこまれて、これ以上には、どう仕様もないほどの健康児童の生活を送り、一週間に四キロもふとっているのである。しかし、足りないことが、たゞ一つある。それは現在、仕事をしていないということである。私は東京を去るとき、二人の医師のはからざる出現に困惑し、意識の欠如に困惑し、たゞヤミクモに転地を急いで、仕事のことなどは念頭になく、ふだんの身なりに下駄を突ッかけて、人々にとりかこまれて、家をとびだして来たのであった。
私はもはや少年ではないのである。一日海で遊びしれて、帰るを忘れるという気持はない。私から仕事をとり去れば、まったく、何も残らなくなってしまうだけの話
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