不眠になやみはじめた。温灸の婆さんは、この温灸をやると、人によっては当分ねむれなくなるから我慢しなさい。しかし、一定の期間がくると、今度は良くねむれる、などと前夜とアベコベのことを云って、益々私を怒らせたのである。
つまり、この婆さんは、自讃の効能が一向に現れないといわれると、平然と前言をひるがえして、勝手な理窟をこねるタチであった。あげくは、東京の人は理窟が多い。ハイハイと言う通りにきかないから治療がきかない、などとカケアイ漫才をやりはじめる。インチキも、陰にこもって、軽快なところがないから、ショウヅカの婆アのカケアイ漫才でもきかされているように不快であった。
伊東の海は岬の奥に湾入して、概ね波が静かであるが、音無川から流れでる石のために、海底が危険で、水の澄んだ音無川にくらべて、海底が見えず、膝小僧にぶつかるぐらいの大石が散在したりして、私は忽ち相当の負傷をした。この負傷のために今もって歩行に難渋であるが、この時は催眠薬中毒のせいではなくて、未知の海へとびこんだための失敗だった。
夕凪ぎになるとヨットも動かなくなり、ナメクジの海上歩行で辛くも辿りつく勇士もあるし、商船学校の豪
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