仕方がない。
内臓の疾患などは、その知識のない患者にとって如何とも施す術《すべ》がないけれども、精神の最上の医者は、自分以外にはいない。私が今、切にもとめているのは肉体上の健康で、精神はハッキリ、たゞ私だけのものであることを悟るに至った。
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しかし、精神の健康とは、何を指すのであろうか。たとえば、「仕事がすべて」という考え方が、すでに、あるいは不健康であるかも知れない。その場合には、私は、すでに言うべき言葉はない。たゞ知りつゝ愚を行い、仕事を遂げるだけのことである。すくなくとも、芸術の方法は、それ以外にはないようである。
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私は伊東へくる車中で、人と喧嘩をしようとした。私は何より喧嘩などは好まぬ方で、酒に酔っ払っても、喧嘩はしたことがない性分である。この一事を見ても、相当に催眠薬の中毒があったことはマチガイない。
伊東へつく。一行は直ちに尾崎士郎を訪ねて酒をのむ。私は酔っ払って、音無川へ水浴に行った。尾崎士郎を訪ねた時の酔余のよろこびはこれである。音無川で水浴したのも私が最初。裏の畑の野天風呂で晩秋に夕陽をあびて一風呂あびたの
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