。
文学に於て、思想というものは、思想の形で在るものではないのである。単純なところでは、作中人物の言葉などより、生きて行く生き方、行動の展開の方が思想なのであるが、その他、複雑な、こまかいところでは、今申し述べたような、何を書き何を書かなかったか、なぜ仮名にしなければならぬか、そんなところにも、作者の思想が、細かく、まんべんなく行き渡っているものだ、ということを理解していただきたい。
作品というものは、私の場合、私の全的なもので、自伝的作品といっても、過去の事実の単純な追想や表現ではないのである。事実の復原をめざして書くなどということは、私のてんから好まざるところ、左様な意味のものならば、私は自伝などは書かぬ。
私が自伝を書くには、書くべき文学的な意味があり、私の思想や生き方と、私の過去との一つの対決が、そこに行われ、意志せられ、念願せられているという、それを理解していただきたい。
その対決のあげくが、どう落付きどう展開することになるか、それを私自身が知らず、ただ、それを行うところから出発する、そういう手段だけが、私の小説の、私に於ける意味なのである。
底本:「坂口安吾全集 06」筑摩書房
1998(平成10)年7月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸時代 第一巻第三号」
1948(昭和23)年3月1日発行
初出:「文芸時代 第一巻第三号」
1948(昭和23)年3月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2007年4月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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