ために職にありつける失業者や、今度という今度はギャバ族のアラモード、南京虫、電蓄、ピアノはおろか銀座をそッくりぶッたくッてやろうと考えながらサツマイモの畑を耕している百姓などがあちこちにいて軍備や戦争熱を支持し、国論も次第にそれにひきずられて傾き易いということは悲しむべきことではあるが、世界中がキツネ憑きであってみれば日本だけキツネを落すということも容易でないのはやむを得ない。けれども、ともかく憲法によって軍備も戦争も捨てたというのは日本だけだということ、そしてその憲法が人から与えられ強いられたものであるという面子に拘泥さえしなければどの国よりも先にキツネを落す機会にめぐまれているのも日本だけだということは確かであろう。
軍備や戦争をすてたって、にわかに一等国にも、二等国にも、三等国にも立身する筈はないけれども、軍備や戦争をすてない国は永久に一等国にも二等国にもなる筈ないさ。
この地上に本当に戦争をしたがっている誰かがいるのであろうか。
まるで焼鳥のように折り重なってる黒コゲの屍体の上を吹きまくってくる砂塵にまみれて道を歩きながらイナゴのまじった赤黒いパンをかじっていたころを思いだすよ。近所の防空壕で五人の屈強な工員が窒息で死んだ。うららかな白昼、そこを通りかかったら、三人のこれも工員らしいのが火葬にするため材木をつみあげ、その材木よりも邪魔で無意味でしかない屍体をその上に順に投げ落して、屍体の一つがまだ真新しい戦闘帽をかぶっているのに気がついて一人がヒョイとつまみとって火のかからない方へ投げた。※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]屋のオヤジがガラを投げこむ石油カンの中に肉の小片を見つけてヒョイとつまんで肉のザルの方へ投げる時でも、この火葬係りほど大らかに自分の所有権を信じこんでいるかどうか疑わしいほどだった。しかし、それを目にとめた私も無感動であった。
あんな時代に平時の冷静と良心を失わない殺人鬼がいて、完全犯罪を行うため人を殺しては痕跡をくらます作業にメンミツに従事していたとすれば不気味な話である。
けれども、現在どこかに本当に戦争したがっている総理大臣のような人物がいるとすれば、その存在は不気味というような感情を全く通りこしている存在だ。同類の人間だとは思われない。理性も感情も手がとどかない何かのような気がするだけだ。しかし私はその実在を信じて
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