は透明な羽をかぼそく震わせていた。私は私の身体が、また透明な波であることに気付いていた。それは靄よりも軽い明暗でしかなかった。昆虫の羽の影が、私の身体にあわく映ってゆれた。赤熱した空気に、草のいきれが澱んでいた。昆虫は飛び去った。そしてその煽りが鋭く私の心臓を搏撃したように感じられた。太陽のなかへ落下する愉快な眩暈に、私は酔うことを好んだ。
長い間、私はいろいろのものを求めた。何一つ手に握ることができなかった。そして何物も掴まぬうちに、もはや求めるものがなくなっていた。私は悲しかった。しかし、悲しさを掴むためにも、また私は失敗した。悲しみにも、また実感が乏しかった。私は漠然と、拡がりゆく空しさのみを感じつづけた。涯もない空しさの中に、赤い太陽が登り、それが落ちて、夜を運んだ。そういう日が、毎日つづいた。
何か求めるものはないか?
私は探した。いたずらに、熱狂する自分の体臭を感ずるばかりだった。私は思い出を掘り返した。そして或日、思い出の一番奥にたたみこまれた、埃まみれな一つの面影を探り当てた。それは一人の少女だった。それは私の故郷に住んでいた。辛うじて、一、二度、言葉を交した記憶
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