つてゐる。
 料亭などゝいふものは、大切なのは気質《かたぎ》の問題で、やつぱり職人は芸とカタギの世界、良心が大切なこと我々の場合と同じことだらうと思ふ。自己満足の世界、愚か者の世界なのだ。良心にかけたオイシイ物を、さうむさぼらずに、自己満足を第一にして、心たのしくサービスするやうな気質的な生き方が必要だ。文化には、さういふものの裏附けがなければ、文明開化も死物にすぎない。
 料理や酒には、それを作る人の気質の復活、誕生が急務だ。出来る限りオイシイ物をつくらうといふ気質がなければダメだ。さういふ気質の点で、日本はともかく一応の歴史をもつてゐたと云へる。
 然し、それがゆがめられて、器物に凝つたり、建築に凝つたり、大事な料理そのものを忘れるのが通弊であり、さうかと思ふと妙に小細工な通に走つて、着物の裏地に凝つてそれに気付かぬ人を俗物よばはりするやうな馬鹿げたこともやりたがる。着物の裏は表に相応すべきもの、裏だけ凝るとは大バカな話、通ぶつた頭の悪さといふものは、まことに不快なものである。
 オイシイ物を、オイシク食べてもらうことをたのしむといふ料理屋が、たくさん生れて欲しいものだ。何職業であれ、職業をたのしむ心が大切なのだが、それが要するに、文化の本当の地盤なのだらう。
 酒もまづいし、料理もまづい。それは今日の原料の貧困期には仕方のないことであるが、他の貧困にくらべれば、たとへば、ろくに親切とかサービスとか良心も知らず徒《いたずら》にゼネストばやりの世相に比べれば飲み屋の良心の復活は、まだしも見どころがある。
 今日の世相で、むしろ私が最も安心してオツキアヒのできるのは、酒の世界が第一等だと思ふ。
 世の高風は先づ酒から吹き起るとでも、云ふものか。



底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
   1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「旅 第二一巻第六号」
   1947(昭和22)年6月1日発行
初出:「旅 第二一巻第六号」
   1947(昭和22)年6月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年1月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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