らうか。元々田舎の町は人通りがすくないのかも知れぬが、妙に人通りのない、お天気のよい道だけを忘れない。人の姿がむれてゐたのは墓地の工事場と、魚屋の店内で、ちやうど夕方で、オカミさん達が入れ代り立ち代り買ひに来て、異様な人物が二人店先でマグロを食つて焼酎をのんでゐるから、驚いて顔をそむけてゐる。
 だが、心には何物かゞあつたであらう。長い戦争の年内を通観して、やつぱりこの日は最も忘れ得ぬ日であり、なつかしい日だ。八月十五日に終戦の詔勅をきゝながら思ひだしたのは言ふまでもなくこの日のことで、時刻も其の正午、生きて戦争を終らうとは考へてゐなかつた。とはいへ、無い酒をむりやり探して飲んだくれ、誰よりもダラシなく戦争の年内を暮した私であつた。そして戦争はまだだらしなく私の胸の中にだけ吹き荒れてゐるのである。



底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「文化展望 第二巻第七号」三帆書房
   1947(昭和22)年1月1日発行
初出:「文化展望 第二巻第七号」三帆書房
   1947(昭和22)年1月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2006年12月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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